【開催報告】帰敬式学習会を開催しました!

 2022年3月9日(水)、富山別院本堂と教務所を会場として「帰敬式学習会」を開催しました。

 こちらは教区会・教区門徒会の議決を経て2019年度に発表された「富山教区帰敬式実践運動推進計画」に基づく研修会であり、初めての開催となりました。講師に髙桒敬和・金沢教務所長をお招きし、前半は講義・座談、後半は模擬帰敬式の2部構成。教区事業としては珍しく33名という多くの参加をいただき、帰敬式に対する意識の高さが感じられる結果となりました。

多くの参加がありました

講義を受けての班別座談

第2部は模擬帰敬式。資料として「帰敬式執行の手引き」を配布

ホールを本堂に見立てて流れを確認しつつ、参加者は自由に質問をしていく

講師からは講評をいただいたり、色々な質問に答えていただいた

<主催・教区教化委員会 寺族研修小委員会委員の感想>


 コロナ禍にもかかわらず、帰敬式学習会には沢山の寺院方、門徒方が参加されました。帰敬式をご縁として、寺院と門徒との開かれた関係を築きたいという強い願いによって参加されたものと思います。

 第1部の髙桒先生のご講義では、『宗規綱領』等、歴史を踏まえながら帰敬式の意義について学びました。その後の座談では、和やかな雰囲気のもと、多様な視点から帰敬式への思いを語り合うことができました。また、第2部では、寺族研修小委員会のメンバーが役割分担をして模擬帰敬式を行い、寺院における執行方法や事務手続き等について熱心に質疑応答がなされ、とても有意義な学習会でした。

 現代の社会は便利さと豊かさを追求し、ものごとを俗的な「損・得」、「役に立つ・役に立たない」、「敵・味方」「善・悪」で判断して生きています。「帰敬式を受式して法名を頂いても何の利益があるのか?日常生活において法名を名のることはない!帰敬式に関係なく真宗の教えによる生活はできる。」という声も聞こえてくることもあります。

 このような社会にあってこそ、生きていく上で本当に尊ぶべきことはどんなことか。私にかけられた願いを感じ、振り返り、生き方を確かめ直さなければなりません。俗的な価値判断から離れ、仏さまからいただける恵みである利益(りやく)こそ、大切と考えます。髙桒先生のご講義の「仏の種となる人生」というお言葉が印象に残っています。

(寺族研修小委員会 10組 徳蓮寺 遠藤俊睦)


 「帰敬式学習会」は本山要請の帰敬式実践運動の一環として、組織拡充委員会より当委員会に委託された事業です。寺族研修小委員会(略 寺研)ではこの事業を行うにあたり、まず本山の帰敬式に対する考えや願いを聞かなければならないだろう と意見がまとまり前帰敬式推進本部長の高桒敬和氏(現金沢教務所長)をお招きしての開催となりました。

 高桒氏は以前に富山教区駐在教導として長期間奉職されていました。知名度とお人柄声価のお陰をいただき、寺族・御門徒の多数の参加で別院本堂満席となりました。

 富山空襲で消失、再建した富山別院の歴史また明治時代までさかのぼり、廃仏毀釈にも触れ 明治政府が寺院までも利用して国家神道を推し進めていた歴史を詳しく講義されました。講義の最中 寺研幹事として帰敬式とどう結び付くのか分からず不安でした。しかし最後成る程と頷きました。

 講義を終えて参加者を五班に振り分けての座談会を持たせていただきました

 わたしが司会を勤めさせて頂きました班は住職ばかりの班でした。本音での発言に頷いて聞き真剣に発言して下さりました。座談会で、「得度式」と「帰敬式」の違いを明治時代に作られた宗門法規に根拠が有ること知って勉強なった。明治・近代の国と宗門との緊張関係の経緯が理解できたとの感想や本山のみ執行した帰敬式がなぜ末寺で許されたのか?その背景の憶測話など座談会は盛り上がりあっと言う間でした。私自身座談会で学ぶことが多くとても勉強になりました。今後 住職同志の考究座談の機会と場を作りたいと思いました。

全体での班発表が出来ませんでした。しかし座談会の司会者は寺研委員なので、委員会での報告を聴き今後に役立てたいと思います

 二部の実践帰敬式では色々な質問がでましたが、高桒氏は「自坊に合わせて執行し、臨機応変で対応してください」と話されましたここに本山の願いの一つが有るのではないでしょうか。帰敬式を縁として御門徒さんと接してください。この願いは参加者には届いたと思います。また参加された方々は自信を持って 自坊で「帰敬式」を執行することが出来ると思います。最後に「高桒さん」。ありがとう御座いました。

 駐在教導時代、沢山の教えを頂きました。黒部峡谷「水平歩道」や厳冬の黒部ダム、長野県松本の大本営地下壕、鹿児島県の隠れ念仏や大阪大正区視察等いずれも人権や差別に関わる研修旅行でした。

【宗祖聖人在世のころ、「屠沽の下類」とさげすまれる人々がいた。親鸞は「屠は、よろずのいきたるものを、ころし、ほふる(切りさばく)ものなり。これはりょうし(猟師)というものなり。沽は、よろずのものを、うりかうものなり。これは、あきびと(商人)なり。これらを下類というなり 中略 「なぜいま親鸞か」という問いは、次のような答えを導き出すだろう。「今もなお虐げられ、差別されている人々、“負け組”と呼ばれる無念さを胸に抱いて世の片隅で生きている人々が大勢いるから」と】 合掌 (【】部分文引用しんらん交流館より)

(寺族研修小委員会幹事 13組 光照寺 藤條法彰)